過去は現在の中にしか存在しない。
懐かしい風景、思い出の味や香り、忘れられない言葉、あの人の面影、一つ一つの感覚から過去の物 語が、今そのことを思う心においてこそ、紡ぎだされていく。
過ぎゆく時の中で、全ての場所や物や人の記憶は、思い出という額縁で特化され、大切に心に収納さ れる。
浮かび上がってくるイメージのさらにその先で、あるいは化学反応のように変異し彩られて現れてくる思い 出は、決して過去だけに所属し囚われるものではなく、現在、そして未来の中で生き続ける確かなものとして 私たちの内に在り続ける。
記憶はただの被記録物ではない。場所や物だけではなく、全ての事象が鏡のようになって自らの心を写 しだす時、想像だけでは知ることの出来ない世界が自らの内にあることを知る。
石には人間の、いつまでも残しておきたいという意思が込められている。木よりも、水よりも、鉄よりも、石は 永遠に近い。
ピラミッドという不老不死を象徴したモニュメントの前に立つと、もはや神を信じない現代人も永遠性を見る。 石化する時間は、一見忘れられた過去の遺物のように見えるが、実は現在から未来に向かう永遠を希求し続けているのではないだろうか。